『私のパパは、ATMだ。ちょっと温かいATMだ。優しくすると、なるたけ上限までお金を吐き出してくれる。ナデナデしちゃったりした、そんな翌日には、引き出し希望金額より、少し多めに出しちゃったりもする。暗証番号も要らないぞ。パパのATMを起動させるのは、猫なで声と無言のプレッシャーだけでいい。
だけど、疲れると、自ら電源を抜いて休んだふりもする。故障したりするとマズイので、自分にご褒美。ひとりであんなことをしたり、あんなとこに行ったりもするらしい。それが、パパの愉しみでもあるらしい。』
「ヒロミぃ!?あの作文はひどいなぁ!?」
「パパ!!まんざらでもないんでしょ!?」
「ヒロミ、ATMはね!?1台500万円くらいするのよ」
「えっ!?ママ!?」
「それにね、あの機械の中には3000万円くらい入っているの」
「おかねもちー!!」
「ATMはね、高性能のマシンだから、すぐに故障をしたりもするの。警備費もかかるし、監視システムの料金もバカにならない。そんなこんなで月々の維持費が30万円もかかるらしいのよ!?」
「おこづかいが1日1万円!?」
「それでも、パパは、ATMと言える!?ねっ!?ヒロミ!?」
「パパ・・・かわいそう・・・」
『私のパパは、赤血球だ。生きていくのに必要な酸素(お金)を隅々まで運んでくれる。かわいいノートが欲しい時。友達と遊びに行きたい時。ゲームが買いたい時。必要な量の酸素を運んでくれる。そんなパパに、直接聞いたところによると、いつも貧血状態らしい。真っ赤っかだと嘆いている。
そんなパパの相棒がママだ。パパが赤血球なら、ママは、白血球。不良の友達が誘ってきたら、ピシャッと注意をしてくれる。男の子との恋愛の免疫をつけてくれる。手相占いが自慢の男なんて下心がミエミエだと、そんなノウハウを教えてくれる。私が変な中二病にかからないのは、ママの力だ。
パパとママは、仲が悪そうだけど、ふたりでひとつだ。いまも私を守ってくれるために走り回ってくれている。』
「パパ!?いつも真っ赤っかなの!?」
「いや!?大丈夫です」
「おこづかい足りない!?」
「いや足りています」
「足りてないときは、どうしてるの!?」
「いや、なんとかしてます・・・」
「どう!?なんとかしてるのよ!?」
「いやいろいろと・・・」
「いろいろってどういうこと!?」
『パパが赤血球で、ママが白血球なら、私は、血小板だ。ちょっと喧嘩がはじまって、家庭が出血したら、私が止める。傷口を治す。家の外に出たら、ちょっと脆いけど・・・家庭の中では強い。ちゃんと役割を全うする。』
「ハイ!!パパもママも喧嘩はやめて!!」
「ヒロミ!!これは喧嘩じゃないんだ」
「そうよ、これは、話し合いよ」
「夫婦なんて、話し合ったってわからないよ」
「えっ!?」
「夫婦はね、お互いがわからないままがいちばんなのよ」
「ヒロミ!?おまえは、いつからそんな大人に!?」
パパは、真っ赤な顔をしている。
「男と女の関係に、答えはないのよ!!」
「えっ!?男と女って!?えっ!?」
ママの顔は、真っ青だ。
「へへへ・・・」
『夫婦の出血を止めるのは、簡単だ。私が、大人になればいいだけ。私が大人になったフリをすると夫婦の傷口は塞がる。
夫婦に共通の友人が少ないほうが、夫婦の持続性があるという調査結果がある。互いのプライバシーを侵害せず、夫婦間を「弱い繋がり」の共同体にしておくことが離婚という事態にならない秘訣である。夫婦の愛が続くかどうかは、相手に「自由を与えたかどうか」で決まる。夫婦の幸福とは、相手の自由への貢献感で量られる。
私が大人になるということは、否が応にも「子育てを卒業した夫婦の互いの自由」を考える機会になる。そうやって夫婦の傷口は、自然と治癒していく。』
「ヒロミ!?彼氏いるの!?」
「居るのか!?いつからだ!?」
「中学校三年生くらいからかな!?」
「えっ!?もう3年も!?」
「先週のおこづかいのおねだりは、まさか?」
「ご名答!!」
パパの顔は、さらに真っ赤になっている。
「この間の友達の恋愛相談って、ヒロミのこと?」
「そうよ!!」
ママの顔は、真っ青どころか白くなっている。
『人は自動的に大人に成れない。自動的に良い夫婦にも成れない。結婚や出産や、娘たちの旅立ちという儀式の度に大人に成る。祖母の葬式、親父の葬式、師匠たちの葬式、同輩の葬式、、、その度に、大人に成れと言われて否応無しに成っていくものである。娘の告白に、出血する。それもまた、良い夫婦になる道である。もうこれ以上、大人になんか成りたくないのに・・・。』
(おわり)
血液は、主に赤血球、白血球、血小板で構成されており、それらが正常に機能することで血液の働きが保たれ、体が維持されています。
赤血球 ▶︎体のすみずみまで酸素を運搬する
白血球 ▶︎ 細菌などの外敵から身を守る(免疫)
血小板 ▶︎ 血管壁が損傷すると傷口に集まって出血を防ぎ、止血する