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超感覚的!体内ドラマ [第5回]  背骨で笑う。

黄色い声援など聞こえてこない町民野球場。芝生もない。お日様の照明だけが、今朝もキラキラしている。今日は、年に一度だけ開催される我が町の草野球大会だ。名付けて「紅白対抗マスターズリーグ」である。65歳以上の男たちが紅白に別れて、この日だけ球児になる。

紅組のエースは、72歳のチョージだ。チョージは、野球をするときだけのニックネーム。昭和を代表するロッテのエース「村田兆治さん」からいただいた。当然、投球フォームもマサカリ投法だ。その球速は、なんと75㎞。街のマスターズリーグの中では、速球派の方である。

チョージは、仲間との飲み会じゃ必ず酔っ払う。そして、何回も同じ話をする。野球仲間は、またお約束が始まったと苦笑する。

「村田兆治は、古希を過ぎても130㎞を超える速球を投げるんだよ!?どうしてかわかるかっ!?子どもたちに野球を教えるときに『こうしてごらん』と教えるとき、実際に、見せなきゃ子供だって聞くわけがないってさ。『昔は凄かった』じゃなくて『いまが凄い』って言われなきゃ子どもだって言うこと聞かないって!?どうだ!?凄いだろ!?村田兆治はな、いまを磨き続けているんだよ」

毎日、毎日、コツコツと根気よくいまを磨くためには、骨が折れる。丈夫な骨が必要だ。それは、どこの骨か。・・・こころの骨だ。「こころ」を漢字に当てはめると「己己呂」と書くという。「己」は、おのれ。「呂」は、訓読みで、背骨。こころとは、胸にあるのではなく、背骨にあるのだ。「いまが凄い」ことを求め続けている男の背骨は、そう簡単には曲がらない。

男はなぁ!?

背骨で泣いて、

背骨で笑うんだ。

・・・と決め台詞を吐いて、チョージは号泣。飲み会は、お開きになる。

エラー→エラー→フォアボール。一回表からノーアウト満塁。チョージはいきなりピンチを迎えた。白組の打席には、四番バッター。町内一のスラッガーであるチョーさん。チーム内では若干若手の68歳。当然、背番号は3。

ノーワインドアップで1球目。ぎこちないマサカリ投法から放たれたボールは、チョーさんの出っ張ったお腹に当たる。時速は、58㎞。当たっても痛くない。いや当たった方が儲けものである。避けることもしない。

それでもチョーさんは、バットを投げつけてマウンドのチョージに駆け寄る。怒りでグラウンドに叩きつけられた帽子。現われ出でるハゲ頭。両チームからは、笑いが起こる。これぞ「紅白対抗マスターズリーグ」のお約束である。

「てめぇ、わざとやりやがったな!?」

「チョーさん、そんなに怒ったら血圧が上がるよ」

「ぶつけておいてその態度はなんだ!?」

「男はなぁ!?

背骨で怒って、

背骨で許すんだ。」

「よっ!!チョージ!!」と両チームから拍手が起こってチャンチャン。

骨は臓器としても大きな役目を果たしている。骨には、内部の骨髄で血液を作り出す役割がある。体を病気から守るリンパ球やNK(ナチュラル・キラー)細胞などといった免疫細胞も、骨の内部の骨髄で作られている。背骨を丈夫に磨けば、泣いて、笑って、怒って、許して、人生を楽しめるというチョージの理屈には一理ある。

一回表は、結局、失点7。散々な結果。おっさんの草野球によくある光景である。三回が終わったあたりで、両チームともヘトヘト。勝敗なんてどうでもよくなっていく。

エラー→フォアボール→フォアボール。一回裏もノーアウト満塁。打席には、四番のチョージ。白組の三塁を守るチョーさんからヤジが飛ぶ。

「チョージだ!!ど真中に投げてやれ!!」

「この野郎・・・」

時速60㎞くらいのヘナチョコな直球に、フルスイング。「カスッ」た。結果は、ボテボテのゴロ。三塁のチョーさんがボールに飛びつく。チョージは、全速力で一塁に走る。その速度は、時速18㎞。

骨髄で造られる血液の総量は、体重の約8%。70㎏の人なら、6ℓくらい。それらが全身を駆け巡る速度は、大動脈で分速30m。時速に直すと18㎞。チョージは、血液と同じ速度で一塁を駆け抜けた。両手を広げてセーフと叫ぶチョージ。体温は、爆上がり。無邪気すぎる72歳だ。

血管には、状況に応じて血液の量と分配先を変える機能も備わっている。皮膚の血管が開いていると血液が皮膚にたくさん流れ、からだの熱を逃すが、寒いときはからだの中の熱を逃さないようにするため、血管が縮み血流量はゼロに近い数値になる。骨が元気なら、体温調整も万全。チョージ恐るべし。

二回表で17対8。既に、みんな勝敗などには興味がない。「紅白対抗マスターズリーグ」は、こうして空の下での飲み会へと変わる。その頃になると、奥様たちが三三五五に酒の肴を持って集まってくる。町内の野球場には、孫たちのかわいい声も飛び交う。

こうなるとチョージは大人しい。隅っこの方で静かに飲む。威勢のいいのも、無邪気も、なりを潜める。カミさんの背骨がいちばん笑っている。これまた「紅白対抗マスターズリーグ」のお約束である。(おわり)