阿部家は、先祖代々、由緒正しきお屋敷だ。十を超える部屋がある。その中でも、いちばん静かなのが、かんぞうくんの部屋である。なぜ、静かなのかって!?
(ト書き)
これは、いつもの短編小説ではない。お芝居のシナリオとして読んでいただきたい。阿部家のかんぞう(肝臓)くんがその機能を失い、静かに再生していく寸劇に挑戦である。
小学生の頃のかんぞうくんは、活発な少年だった。名家の御長男だもの、必要以上に、大事に育てられた。学校には、年老いた執事がクルマで送り迎え。夏休みといえば、高級リゾート地でバカンス。宿題なんかは、お手伝いさんが全部やってくれていた。
かんぞうくんに異変が起こったのは、中学二年生の時。代議士であるお父さんの不倫と公職選挙法違反が全国ニュースになってからである。当然ながら、次の選挙は落選。阿部家は、ただのお屋敷になった。生活習慣が激変した。母親も、執事も、お手伝いさんも、みんな居なくなった。政治家を諦めたお父さんは、怪しいネットワークビジネスをはじめたのだった。
(ト書き)
ここは新宿の怪しい会議室。五人ほどの冴えない男のお客様がパイプ椅子に座っている。かんぞうくんのお父さんが壇上に立って話し始める。
”いゃぁ、お待ちしてましたよ、河村さぁぁん。
今回は、お問い合わせいただきましてありがとうございます。
ようこそ「人生に目覚めるプロジェクト」へ。
河村さんの革命がはじまりますよ・・・
どうです、こんなデータがあります。
あなたはうんこを漏らしたことがありますか!?という回答・・・
年収が300万円以下の人の31.6%に対して
1000万円以上の人は、なんと47.4%と答えてる・・・
これってですね、年収が高い人ほどうんこを漏らしているのではなく、
うんこを漏らしているという過去を、年収が高い人ほどカミングアウトしているということです。
たぶんですね、人間は、ほぼ100%うんこ漏らしてますよ。それをカミングアウトできる人ほど、成功者ということです。わかります!?
過去はね、いくらでも書き換えられるんですよ。未来さえ見えればね。
河村さんも、さぁ過去を書き換えてみませんか!?
どうでも良くなってからが人生さ!!! ”
狭い田舎町のことである。例に漏れずかんぞうくんはイジメにあった。生活習慣は、乱れに乱れた。夜になったら、泥酔したお父さんが暴れた。蓄積されるストレスに耐えられなくなったかんぞうくんは、お父さんに相談した。人生に目覚めるには、どうしたらいいのか!?と・・・。
(ト書き)
阿部家のお屋敷。かんぞうくんが引きこもっている部屋のドアの前でお父さんが謝罪をする。ドンドンドン・・・かんぞうくんは、部屋から出てこない。
”かんぞう!!かんぞう!!
もう部屋から出て来いって・・・
ホント父ちゃんが悪かった・・・
お前が相談しに来たときだよな・・・
相談したいことがあるって言うもんだから・・・
父ちゃんが売ってるセミナーに参加させたのが間違いだった・・・
人生に目覚めるどころか・・・
あの夜からだな、お前がひきこもったのは・・・
お前が居なきゃな、父ちゃんの人生は、解毒も浄化もされないんだ。
悪いものが溜まるばかりなんだよ。
この部屋から出て来て、一緒に生きよう。
人生がな・・・どうでも良くなるまで、一緒に話そう・・・”
扉の向こうのお父さんの言葉が、もう分解できない。そんなものは響かない。かんぞうくんのココロに滲み出るのは、苦汁ばかりだ。唯一、癒してくれるのは、ネットの向こうに拡がる宇宙の話だ。
(ト書き)
かんぞうくんが引きこもっている暗い部屋の中にいる。パソコンを覗き込みながら、ひとつひとつの言葉を絞り出すように、ドアの向こうのお父さんに返事をする。
”知ってるかい!?父さん!?
地球って、時速10万キロで宇宙を移動してるんだよ。
だからね、夜というのは、時間ではなく場所なんだよ。
地球という星に乗って
昼という場所からぐるりと移動して夜という場所へいく。
ここがどこかになっていくのが時間なんだよ。
ホント、静かだね!?
時間が経てばね、僕たちは、違う場所に立てるんだよ。”
こんな引きこもりなら悪くない。静かだということは、強いということだ。目覚めるような人生を追い求めるよりも、安静にして待つことだ。夢の前提が「大人になったら」から「生まれ変わったら」に変わってしまう前なら、決して遅くない。人生がどうでも良くなる前なら、大丈夫。阿部家の再生の物語は、もうはじまっている。
(ト書き)
「エンディング」
かんぞうくんが椅子から立ち上がって暗い部屋を出る。
開いたドアにビックリするお父さん。
(おわり)
肝臓の重要な役割が、アルコールやアンモニアなど有害物質の解毒・浄化です。
また「沈黙の臓器」と言われる肝臓は、お酒の飲みすぎやストレスによって気づかぬうちに機能が衰えていきますが、同時に強い再生能力も持っています。休肝日を設けたり、生活習慣を改めることで、段々と機能が改善していくのです。